and I love you

やらなきゃいけないことがある。
わかってる。
明日の早朝発のカンボジア行きのバスチケットを予約すること。
ぼくはもうここにぎりぎりまでいてしまった。今日が最後のタイ。
いつもの旅行会社に向かう。そこの日本人スタッフ間野さんに、タイ世界一の国っすねと言うと、いろいろ察してくれたのか、その笑顔で何があったか全てわかるよ、といわれる。そしてどうすればタイに永住できるのか、駐在できるのかなどアドバイスをもらう。タイで働く、全然ありだ!
ただ誤解してるようなので、ゴーゴーの女の子とかじゃないですよと、誤解を解いておく。すると間野さんは、ああそっちのが大変だと。
「タイは本来超敬虔な仏教国だからね。男と女の関係には厳しいのよ。もちろん婚前交渉なんて無理だからね。日本とタイとは違うんだよ」
「プロがいいのか、素人がいいのか。」
なんておどける。ついでに「20日くらいにはまたタイにいるかな」とも。
散々アドバイスを受け、旅行会社を出る。具合が悪いという相方を宿に帰し、カオサンをぶらぶら。適当に飯を食い、今夜会う約束をしているKaeに電話。しかし声が全く聞こえず、全然意思疎通ができない。仕方なくまたネットカフェに行き、メッセでKaeと話す。
彼女は日本語を教えてもらいたいと言うので、Ofcourse I teach you Japanese,if you wantと言うと、not youと切り返してくる。そしてyour friendと。Kaeは昨日メッセしているときに、webcamで相方の顔を見ている。ぷぷ、なんか楽しくなってきた。てゆうかまあ自分のことでわりと精一杯なんだけどね。
ネットを終え、ゲストハウスに帰り、具合の悪い相方をKaeのためにできる限り説得する。なんとか相方も行けるということで、早速準備。
結論を出さなければならない。今日でJoyと会えるのは最後。次はいつ会えるのかわからない。なんらかの結論を。自分でも今の気持ちがよくわからない。ただJoyが自分の中で特別になっているのは確か。
そんなことを待ち合わせ場所で考える。しばらくたつと、JoyとKaeが来て、さっそくレストランへ。みんなでいろいろな話をし盛り上がる。
KaeとJoyが「I love you」の日本語を聞いてきて、ぼくが「あいしてるよ」だとJoyに囁く。Joyはぼくに向かって、ゆっくりと確かめるようにその言葉を繰り返す。てゆうかもう抱きしめたいんですけど。
kaeがぼくらに明日カンボジアに行くのか、と問う。Joyにははっきりと言っていなかった。彼女の前で、ぼくは頷く。首を縦に振ることで、無理矢理自分の気持ちを抑えつけるように。そしてぼくはJoyが行かないでと言ってくれることをきっと待っていたのだ。
Joyの方を見ると、何も言わず頷く。彼女の言葉を期待する自分のずるさに、笑うしかなくなる。
食事を終え、近くの運河へ。ライトアップされた運河は完全にデートスポット。ぼくらは自然と二人ずつで話す。Joyと話をするが、ここでも彼女は自分が言葉につまると、すぐにちょっと離れたKaeを呼んでしまう。何度目かのKaeと呼ばれたところで、ぼくはJoyの身体をこっちに無理矢理向かせる。
「ぼくはKaeじゃなく、Joyと話したいんだ。同じことを何度でもいいから言って欲しい」
Joyにわかるように、ゆっくりと一単語ずつ区切って。Joyは軽く息をつき、わかったと言った。そしてぼくらはお互い一生懸命に話を続ける。
タイがこんなに好きになれたのは彼女のおかげだということを感謝し、またすぐにタイに帰ってくることを約束する。そのときは、Joyがカオサン以外のバンコクツアーをしてくれるということ。そんなことを話しながら、ぼくらは終わりまでの最後の時間をゆっくりと過ごす。
彼女と手をつなごうとすると、彼女はまた「why do you cast my hand?」と問う。彼女は続けようとするが、また困ったようにKaeを呼ぶ。そして「お姉ちゃんに、ボーイフレンド以外の男の子に触らせちゃだめだって言われてるの」と。
ぼくは昼間の間野さんの言葉を思い出す。日本とタイとは違うんだよという言葉。そして困ったように笑う彼女の顔を見る。
結論を急ぎすぎていたのかもしれない。どうにかして何らかの結果を僕は求めていた。自分で意識してはいなくても、ぼくの中に確かに存在したタイムリミットというプレッシャー。そしてそれが今日だということ。
僕は目をつむっていったん大きくノビをする。
そうだ何も急ぐ必要はない。別にJoyと会えるのが最後だって訳じゃない。自分の気持ちすらわかってないのに焦って結果を求めてどうする。
そうやって背中の荷物を全部下ろす。
Joyと向き合うのが凄く楽になる。


「本当に君と会えて良かった」
ぼくは最後に彼女に言う。そして一呼吸。
「and I love you」
と。ただこれだけは言っておきたかった。本当に彼女への気持ちが恋なのかはわからないが、ただ凄く凄く彼女のことを好きだって気持ちに嘘はない。ぼくはlikeではなくloveを選んだ。彼女の返事はいらない。Joyもそれをわかっているようで、「Thank you」とそれだけ言う。
最後にみんなで写真を撮り、ぼくらは別れの時を迎える。今までで一番気持ちいい別れ。寂しくはない。またすぐに会える。
ぼくらはライトで美しく照らされた彼女たちにありがとう、と言って握手をする。今度はさよならではなく、またね、だ。いったん振り返って彼女たちに「See you again」と。

ぼくと相方は無言でカオサン通りへと向かう道を歩く。
どちらともなくさっきKaeが聞かせてくれた青春アミーゴを口ずさむ。
「俺たちはふたりでひとつだから。地元じゃ負け知らず
あはは。お互いに最高のシチュエーションでのこの歌に驚く。今までいい歌だと一度も思えなかったこの歌はこのときのためにあったんだな、なんて。こいつとこれて最高に良かった。これ以上ここで言うのは無粋だからやめておくけど、こいつのせいで一人旅ができそうにありません。あはは。

自分の中でのひとつの大きな別れ。すげー最高の気分。でもなんかちょっと泣けてきたり。明日にはいよいよカンボジアだ。