...afraid

結局一睡もできなかった。
ゴーゴーに行った相方はなんと早朝5時くらいにホテルに戻ってきた。ゴーゴーがオープンしてる時間は2時ごろまで。これは最後までいったな、と確信する。
朝起きて事情を聞くと、彼は僕の確信を否定する。彼は彼でむちゃくちゃ面白そうなことを経験していたようだ。

飯を食ってまあ行く場所なんて決まっている。ネットカフェだ。彼女からのメールを確認しに。
というかこのとき気づいたのだが、俺完全にネットジャンキー。ほんとにタイに来ているのだろうか。毎日3時間くらいはネットカフェにいる。本格的に廃人だ。
Joyからはメールが来ていた。
まずif I make you not understandと謝り、彼女の携帯番号(ただしbut I may not understand you say.との但し書きが添えられて)、そしてどうしてMSNでチャットしてくれないのかの一文が。そんな風に言われたら当然しますよ、メッセンジャー
心の準備を相当して、早速メッセを開く。約二年ぶりのチャット。しかも英語…。まさかそんなことになるとは思ってもいなかったが。
彼女がメッセにいること、そして半分くらいいないことも願って開くと、まあサインインしてましたよ彼女も。
早速彼女とメッセを開始。ふつーに雑談とか、グラフィックデザイナーの彼女が作ったグラフィックなどを見せてもらって盛り上がっていると、Joyがわたしのいとこがあなたと話したいと言ってくる。彼女の名前はKae。24才の受付嬢らしい。Kaeとも同時にメッセ開始。2年のブランク+慣れない英語チャットに同時3つのメッセウィンドウは相当きつかった。ちなみに彼女たちは仕事の片手間。
2時間くらいメッセしていただろうか。Kaeがあなたたちに会いたいと言ってきて、明日は空いてるかと言う。4人で会うことになる。
とゆーか今夜Joyと会う約束は無くなったのかと諦め半分でいると、Joyからメッセージが。
「Today,I go to meet you」
と。とにかく嬉しくなり、Alone?と確認するとyesと彼女は言った。仕事が終わったから今から行くね的なメッセージを受け取り、彼女とはメッセを終える。
Kaeとはその後しばらくメッセを続ける。俺が今日の準備をしにホテルへ戻ると言うと彼女は最後にこう言った。
「Joyは英語があまりできないからすごく大変だと思うの。でも彼女のことをあきらめないで理解してあげようとしてね」
僕はなんだか冗談めかして答えた気がするけどよく覚えてない。でもなんだか、凄く心にKaeのその言葉が引っかかった。
ぼくはホテルに帰って準備をして、彼女との待ち合わせ場所へ。そこに着くともうJoyは待っていた。じゃあ行こうかと言うと、彼女はしかしこう言った。Noiも来るから待ってて、と。
Noiがくる?
aloneと聞いていたぼくはなんかものすごくショックを受けて、どうして呼んだんだ、と聞いた。ぼくは二人がよかった、と。
彼女は自分のわからない英単語を一生懸命思い出そうとして、諦めたように電子辞書を開く。彼女が指で指した言葉は、afraid。彼女の指は突然降り出したスコールのせいだけじゃなくどこか震えているように見えた。
ちょっと強い口調になっていたのかもしれない。今までJoyのはっきりしない行動とかにちょっと苛立っていたのかもしれない。ずっと彼女の気持ちがわからなかったから。
afraid。ぼくはもう1回その言葉を心の中で繰り返し、彼女に微笑んだ。オーケイNoiを待とう、となるべく優しく言おうとした。


自分の中で旅観が大きく変わる瞬間というものがある。旅というものに対する、当時自分の中で持っているイメージ。それが音を立てて崩れ去る瞬間。
例えば初めてのそれは、初めてバックパッカーをしたフィリピンで。旅の95%は人との出会いでできていること、それを知ったとき。
また、エジプトでみっちゃんという女バックパッカーに出会ったとき。自分から笑顔で誰にでも話しかけていけば、むこうも笑顔で答えてくれる。待っているのではない。こっちからいく、ということ。日本語でも構わない。ぼくは彼女のやり方を真似をした。旅はそれまでの100倍楽しくなった。
ぼくらはこういったことの積み重ねで成長していく。変わっていく自分がわかる。
そしてNoiのやったこと。彼女は、乞食や障害者とすれ違うたびにお金をあげる。絶対に。ぼくは初めてそんな人を見た。
自分の中でぼくは頑なに今までそれを拒否していた。それは例えば誰かひとりにお金をあげれば、周りに人が寄ってくるとかそういった理由ではなく。
相方の言葉を借りれば、「僕に何ができる。救いたい奴なんてこの世にいくらでもいるんだ」
という感情。それに似た感情が僕にその行為を拒絶させた。
しかしNoiは、どうして?と言った。
「目の前にいる人が今日のご飯も食べられなくて困っている。ほっておいたら明日にも死んでしまうかもしれない。だったら自分があげればいい。」
ぼくは凄くショックを受けたんだ。なんだか凄く。
真似をしてみる。そこから全部始まる。
たった20バーツ、60円。一食分。ぼくはこれからすれ違う明日にはいなくなってしまうかもしれない彼らに一食分ずつ。きっと、ずっと。


ぼくらは、Joyがいなければ絶対来ないようなお洒落なダイニングカフェで食事をし、いろいろな話をする。
Noiが来たことはやはり寂しかったが、よかったのかもしれない。英語のあまりできないJoyの笑顔を、Noiがいなければ、ぼくはこれほどまでに見れなかっただろう。
Joyは自分の英語がつまったり、僕の英語がわからなかったりすると、すぐに助けを呼ぶ。Noiの名前を何度も呼ぶ。ぼくはふたりで直接話すことができないことが、凄くつらく感じる。そのたびにafraidと言った彼女の言葉を噛みしめる。
しばらく話しているとNoiは思い出したように、なぜ昨日の夜runawayしたんだとぼくにキレる。
テキーラを飲まされて死んでいたんだと事情を説明し、Noiに許しを請う。結局Joyの分だけでなくNoiの分もここの払いをすることに。別にいいですけどね。
ぼくらはバーに場所を移して飲む。Noiはビリヤードをするために席を外す。きっと気を使ってくれたんだよね。
ぼくとJoyは二人で一生懸命話す。お互いを頑張って理解しようとする。彼女は昨日クラブでテキーラを飲まされて他の女の子と知り合ったのか的なことをちょっと怒りながら聞いてくる。これって焼き餅って奴ですよね。ああ、もう超可愛い。
11時くらいをまわり、ぼくはJoyをバスストップまで送る。
最後に彼女の手を握ろうとすると、彼女はぼくを見てwhy?と問う。ぼくは一瞬何も言えず、彼女はバスが来たのを確認して、また明日ね、と。
whyね。
ひとりで夜歩くカオサン通りは、周りの喧噪とは裏腹に、ぼくを少し寂しくさせる。
明日が最後のタイの夜。