謝謝

僕なんてのはほんと大したことない人間だし、ずいぶんと流されやすいので、多くの人の話とか、メディアとかで「中国人は」なんて聞き、ああそうか中国人はそうなのか、と思い込んでいた。しかし、そんなのものはほんと無駄なステレオタイプにすぎないようだ。

僕は中国からいまにも離陸しようとしている飛行機の中で、中国で出会った人々や様々な出来事について思いを馳せる。

10億を超える中国人全体からしてみれば、僕の3日間で関わった人々なんて、ほんとに一握りで、ゼロに等しいくらいだろう。
でもそいつらはたった一人の例外もなく全員がいいやつで、みんなが「中国人は」と多少なりともの悪意を持って語られる幻想上の彼らとは違い、誰一人僕のことを騙そうなんてしなかった。


でも正直、こうして飛行機に乗るまでは毎日が怖かった。

それは、僕のこの嬉しい驚きと発見が、これから飛行機を乗るまでに出会う、たったひとりの中国人の悪意によって裏切られてしまうのでは、という恐怖だ。僕の出会った人々の優しさや笑顔が、たったひとつの悪意で、「やっぱり中国は」となるのが怖かったのだ。

だから僕はひどく安心して、ここに座っていられる。ちょっと座席は狭苦しいが、こんなにも穏やかな気持ちだ。
飛行機が加速する。空に飛び立つ。僕は横目で窓から外を眺める。隣の中国人の女の子二人組は、ちらちらと僕のほうを眺め、何読んでるの?だとかオレンジジュースでいい?とか聞いてきてくれる。僕はただ笑って頷くだけだ。

結局、中国の3日間は、万里の長城故宮も行くこともなく終わってしまった。最終日の今日は、世界遺産ではなく世界公園に行くことを選んだ。全く後悔はない。世界公園で出会った多くの人々が僕を笑わせたのだから。それに、こんなにも近くて近い国だ。またすぐに来るのだろう。万里の長城はそのときでいいや。
受付の女性、何小と、また中国にきたらここに来るね、と約束し、固く握手をした。万里の長城に行かなかったから、時間がけっこう余り、宿を出る前にふたりで1時間ほど話す。筆談ができるから他の国よりも心が通じやすい。
ガイドとして持ってきたブルータスをあげる。ハングル?と聞かれる。どうやら僕のことを韓国人だと思っていたらしい。僕は大地というんだ。と書くと、ダーティーと笑われる。どうやら中国での僕の名前はダーティーらしい。よかった日本に生まれて。

そうして中国での出来事を思い返していると、飛行機はすぐに着陸態勢に入る。シートベルト着用のサインが消えるとわーっとみんなが一斉に駆け出す。中国人はえー。と笑いながら最後までシートに座っている。
人影もまばらになり、ゆっくりと席を立つ。最後にキャビンアテンダントに、いつもよりちょっと大きな声で僕はこう言う。「謝謝」と。

さあ、次はタイだ!